企画趣旨 act.1
各工務店の提案力が分かる「設計コンペ」
広島県工務店協会では、技術力や提案力などさまざまな点で工務店力を強化すべく「工務店力向上委員会」を組織し、勉強会などを開催している。その中で、より設計力を高めるべく、著名な建築家を招いての講演会や設計演習を2回に渡って行ってきた。今回はその2つの学びを得て実践へ。仮の施主を設定し、ヒアリングや敷地調査、プランニングを行いその提案力を各社が披露した。参加工務店同士、普段見ることのない他社の提案を知ることで、そこから学びを得て自社の提案力を向上することが狙いだ。これから家づくりを考えている読者の皆様には、同じ条件でも各社違った提案内容を見ることで、家づくりの面白さを感じていただき、工務店選びの参考にしてもらいたい。
設定条件 act.2
敷地/廿日市市平良にある参加工務店所有の土地
施主/K様ご家族(家族構成:30代ご夫婦 + 子ども2人(女5歳、女1歳)+ 猫4匹)
※これから家づくりを検討中のK様ご家族に仮の施主としてご協力いただいた
予算/総額 3,000万円
※諸経費(外構費含む)を抜き、建築工事費2,500万円
建物/建物面積は上記予算と各社の単価に沿った現実的な大きさとする
ヒアリング act.3
K様ご夫婦に家づくりに対する要望のヒアリングを行った
希望の間取り
1階:LDK+和室 2階:寝室+子ども室×2部屋
ご夫婦それぞれの要望
・サービスクロゼットが欲しい(ガーデニンググッズ、外遊びグッズ、子どもの履物などを収納)。
・キッチンと浴室が近い間取りが希望。洗濯は残り湯を使いたい。
・キッチンからテレビが見えるようにしたい(全く死角でなければOK)。
・キッチンは配膳の動線を優先したい(シンク回りが丸見えでなければ対面式キッチン以外でも可)。
・洗濯物は床に一時置きせず、取り込んだその場でたたみたい(たたんだ洗濯物をクロゼットまで運ぶ・収めることは苦ではない)。
・ファミリークロゼットが欲しい。夫は片付けが苦手なので帰宅動線に入れたい。
・サンルームが欲しい。2メートルの竿を2本使いたい(1階で日当たりが良ければどこかの部屋兼用でも可)。
・吹き抜けが欲しい。
・子ども部屋は仕切らない。
・2階にはひな人形やオフシーズンのものを収める収納が欲しい(屋根裏でも納戸でも可)。
・ゆとりがあれば夫用のクロゼットと妻用のクロゼットを分けて設けたい。
・緑が欲しい。
・窓の外を見て季節や天気の変化を感じたい。縁側も好き。
・基本的に家の中の扉は開けっ放しのことが多いので、開けた状態の扉が邪魔にならないようにしたい(むしろ扉は最低限必要な箇所に設けるだけでいい)。
・庭が欲しい。庭遊び用の遊具を置きたい。
・屋根に太陽光発電を載せたい。
・雨にぬれずに車から家に行きたい(カーポート2台くらい?)。
・来客用で車を1台くらい置ける余白が欲しい。
・引きこもり部屋(ゲームをしたりゴロゴロしたりする)が欲しい。
・1階和室は小上がりにして、下に引き出しを設けて収納スペースが欲しい。
・屋根裏収納が欲しい。
・パントリーが欲しい。
・浴室に着替えなどを収める収納が欲しい。
・リビングを通って2階に行く動線が希望だが、階段は隠したい。
敷地調査 act.4
太陽や風、周辺の環境を現場で見て聞いて情報収集
設計を行うにあたり、まず参加者たちは実際の敷地に足を運んでどのような環境に置かれているかを自身の目で確認する調査を実施。これは、地図だけでは分からない、現地に行ってこそ分かる“生の情報”を得るためだ。
周辺環境を読む
住宅街の中にある敷地に到着すると、まずは周辺環境についての確認から開始。東西に横長く、北側は緩やかに弧を描くような形状の変形地で、東側に山を望み、北側には隣家が迫る。南側は大きく段差がついた土地があるがここには接道がないため、家が建つ可能性は低いことが予想されるが、その隣の家からの視線を植栽や塀などで遮る必要性が感じられた。西側は2軒の敷地が隣り合い、共有道路が整備される予定。これらを踏まえ、参加者たちは隣家の窓の位置を考慮した開口、視線を遮る工夫、山の眺めを生かす間取りなどを設計に反映させることに。1階からの目線だけでなく、2階からの眺めが実際にどのようなものになるかを具体的にイメージできるよう、ドローンの映像による確認も行われた。
ドローンを2階やロフトの高さまで飛ばし、どんな眺望になるのかをスマホで確認
先端に専用カメラを取り付け、高く伸ばして使うカメ棒はドローンの代用にもなる
可能な限り地元の住人に直接話を聞き、図面だけでは分からない生の情報を収集
レベル測量。正確な図面がない際は平板測量などを用いて土地形状を実測することも
太陽の動きと風の流れを知る
太陽光や風など自然の力を最大限活用するため、現地ではどこからどこに向かって風が吹くのか、太陽はどのように動くのか、可能な限り直接近所の住人から聞き取る。風向きについては気象庁からの情報である程度得られるが、周囲の建物の状況によって異なる場合もあるため、現地に住んでいる人から得られる情報は精度が高い。ここでは朝から夕方にかけて海から、夜は山から吹いてくることを確認。
スマホカメラの映像に太陽の動きを重ねて表示するアプリ「Sun Seeker」も活用
風向きを地元住人から直接聞き、図面に書き込んで効果的な窓の開口プランに生かす
プレゼンテーションを紹介! act.5
施主に寄り添った「ヒアリング」と実際に現地に足を運んで行った「敷地調査」を踏まえて作成したプランを各社がプレゼンテーション。その内容をピックアップしてご紹介。どのように敷地を生かし、施主の要望をどこまで組み込みプランニングしたかを見てみよう。
プレゼン大会開催にあたり
今回の企画は広島県工務店協会に加盟する会員工務店の中でも、リーダー的役割を担う参加各社の設計力を高めることを目的とした新たな取り組みであることを冒頭の挨拶で表明。提案力を身に付けるための意欲的なチャレンジであるとし、設計力のレベルアップを目指すプロセスとしてその意義の大きさに言及し、今後への期待も込めた。
広島県工務店協会 会長
しおた工務店 代表取締役
塩田 崇氏
旭ホームズ株式会社
「猫と自然と暮らす」をテーマに掲げた猫好きのプランナーならではの提案
猫4匹飼いの家族という設定に基づき、「猫と自然と暮らす」をテーマにしたプランを提案。造作家具の下に猫用トイレを確保したり、猫が健やかに暮らすために必要な上下運動ができるよう、吹き抜けにキャットウォークを設置するなどの工夫を凝らした。キャットウォークには透明のアクリル板を入れ、猫が寝そべるとお腹が見え、歩くと肉球が見えるようにするなど、自身も猫好きのプランナーが猫好きの心理を踏まえた上での細かい提案が光るプランになっている。山の景色と季節折々の植物も楽しめるよう東側に庭とテラスを配置したり、夫婦共働きのためキッチンから洗面脱衣室、浴室まで一直線のスムーズな家事動線を描き、室内干しできるサンルームを確保するなど、自然を楽しみながら日々の暮らし心地を良くする家の形を、模型も使いながらプレゼンを行った。
平面図だけでなく、東西南北それぞれの方向からの立面図、屋内全体を横から見た断面図もカラーの手描きで作成。柔らかいタッチのイラストが心和ませる
吹き抜けに設置したキャットウォーク、山側に設けたウッドデッキから庭へと伸びやかに広がる空間などのCG画像を並べて提示し、空間イメージを描きやすいようにした
道路を共有する2軒の隣家まで含めた、敷地全体の形状を忠実に再現し、設計した家がどの位置にどのような形で建つのかを伝える模型も作成した
旭ホームズ株式会社
西谷 星香さん
IKEHOUSE
日射を考慮した開口で屋内を快適に維持間取りはLDKに集まる動線を意識して設計
南側に新しく家が建つ可能性は低いと考え、リビングの掃き出し窓を大きく開口して冬は日差しを屋内に取り込み、夏は庇で遮って常に快適な住まいを目指した。このプランにおいて、住宅の省エネ性能を測る基準とされるUA値は、北海道や東北の基準値に近い0.48W/㎡・Kと算出し、住宅性能の高さも証明。間取りは、家族が互いに心地良く暮らせるよう1階は3つの動線を意識した。玄関からクロゼットを通ってLDKに向かう「帰宅動線」、サンルームとしても使える和室からLDK、洗面脱衣室に至る「家事動線」、L字型に配置したキャットウォークをたどる猫の「にゃんこ動線」がLDKに集まるようにし、家族が互いにつながりを感じながら暮らせる間取り。施主に対して日頃から使っている3Dデータを用いながら分かりやすく説明し
「3つの動線が織りなす家族の和」というキャッチコピーを入れ、完成した家に暮らす家族の姿を具体的にイメージできるよう、ストーリー性を感じさせるプレゼンシートを作成
プレゼンシートの2枚目では、各部屋の3Dパースを掲載するとともに間取りのポイントやその家での暮らしがイメージできる解説などをわかりやすく表現している
スマホなどに専用のアプリ(無料)をダウンロードしてもらうと、3Dで外観や各部屋を確認できる提案も行っている
IKEHOUSE
宮原 勉さん
しおた工務店
ヒアリングとゾーニングの同時進行で満足度を高めるプランニングを実践
家の中心となるダイニングは吹き抜けにし、山側にリビングを配置してウッドデッキから庭へ出られる。リビング横には収納スペースが付いた畳敷きのこもり部屋を確保し、玄関にはシューズクロゼットを設けて収納力を高めた。洗面脱衣室は広くし、外干しだけでなく室内干しもできるランドリールームを兼ねた空間。ファミリークロゼットを設置して洗濯動線を直線にし、家事の効率アップを目指す間取りがポイント。担当者からは、こうしたプランを日頃どのように作成しているかという説明が加えられた。まず、施主からの要望をしっかりとヒアリングし、間取りの基本となる「ゾーニング」を作成。それを基に平面図、立面図を作成していく。ファーストヒアリングで家族の住まい方の理想や要望を聞き出し、プランに入れることで将来に渡る「住まい方を設計」。ファーストプランでの施主の高い満足度に繋げるという。
ヒアリングを行いながら、敷地の中に家族の過ごす場所や水回りなどを配置するゾーニングを同時に手描きで落とし込み、これを基に間取りを構成していく
東側にある山と、植栽も含めた外観のイメージ。吹き抜けを通じて、1階と2階の家族が常につながりを感じられる家であることも右側の手書きパースから伝わってくる
ゾーニングを基に作り込んだ手描きの平面図。ポイントとなる部分には簡単な説明文も添えて施主に分かりやすく伝える
しおた工務店
本吉 公恵さん
株式会社大喜
建物の性能向上に予算を多く配分して長期にわたるランニングコストを低減
吹き抜けで明るいLDKを中心に、小上がりの和室、山の眺めが楽しめるウッドデッキ、LDKへの動線を家族とゲストで分けるなど間取りに工夫を凝らしつつ、建物自体の性能を高めることで長期にわたって光熱費などのランニングコストを抑えることに注力したことを、3Dデータや詳細なグラフを用いて説明。耐震等級3を満たす長期優良住宅仕様のZEH住宅とし、片流れにした屋根には太陽光発電パネルを搭載。樹脂サッシはペアガラスにし、高性能の断熱材を採用してエアコン1台で屋内全体を温度ムラのない快適な空間に維持。具体的な温熱計算も行い、UA値は北海道の基準値を上回る0.45W/㎡・K。省エネ等級も国の基準を上回るHEAT20においてG2グレードをクリアできるレベルとした。
1F 山が望める東側にウッドデッキとリビングを配置。玄関からLDKへは家族とゲストの動線と分離し、家族はシューズクロークとファミリークロゼットを経由
2F 吹き抜けを中心に部屋を配置した2階。寝室には大容量のウォークインクロゼットを確保し、3帖分の広さの納戸はちょっとしたお籠もり部屋としても使える
外皮性能 省エネ基準の1つである「外皮性能」において、提案した住宅で計算された数値と基準値を比較。基準値を上回る高い性能を備えていることが一目で分かる
光熱費 電気代やガス代といった光熱費、水道費などの年間費用を一般的な住宅と比較し、これだけ節約できるという金額を表とグラフで明示。さらに、太陽光発電による売電分や家の修繕費を含めた35年間のランニングコストも同様に比較。建築コストが上がっても毎年のランニングコストを抑えられ、結果的にはお得になることを分かりやすく示している
株式会社大喜
細澤 良さん
株式会社田村建設
庭を広く確保して建物はコンパクトに自然を楽しむためのゆとりある家づくり
「自然を楽しみたい」という要望を踏まえ、建物は必要以上に大きく構えず、山の眺めが広がる東側にできるだけ広く庭を確保することにこだわった。ウッドデッキを設けて両側に植栽を行い、木の塀であえて3方向を囲むことで、周囲からの目線を遮りながら山と空の自然を体感できるよう設計。ウッドデッキは山を眺めながらご飯を食べたり、日向ぼっこをするなどさまざまな使い方を想定。建物はシンプルな設計で、道路側に植栽を挟んで駐車スペースを配置し、屋内はLDKを中心にした間取り。畳スペースを備えたLDKは限られた広さながら、2階まで吹き抜けにして開放感を生み、外の庭や景色とつながることで広く感じられる空間になっている。洗面脱衣室にはファミリークロゼットを併設し、「洗濯→干す→たたんで収納」が完結できる便利なユーティリティースペースで、家事のしやすさも追求。
3方向に塀を設けて周囲からプライバシーを守りつつ、開口部から隣の畑、東方向には山の景色を望めるようにした設計を伝えるプレゼンシート
玄関アプローチからも緑が楽しめ、家族が集まるリビングと庭のつながりを大切にして常に緑を感じながら暮らす心豊かな生活を、模型写真と手書きのイラストで表現
植栽の位置まで具体的に考えた、完成度の高い模型を提示しながらプレゼン。住む人の暮らしぶりを具体的にイメージさせてくれる
株式会社田村建設
田村 篤さん
橋本建設株式会社
排熱・遮熱・断熱に注力した設計により温熱環境を整えた「緑とつながる家」
建物はスタンダードな形で耐震等級3を満たす総2階とし、屋内の温熱環境を常に快適に維持できるような設計を実践。夏は熱い空気が屋内に留まらないよう、天井のルーバーから屋外へと排熱できる構造。屋根は瓦葺きにし、庇を深くすることで遮熱を行い、リビングに開口した窓と屋内の間には障子を入れることで断熱性も高める工夫を凝らしている。一方で、山が望める眺望の良さを生かし、「緑とつながる家」をコンセプトに掲げた設計も大きなポイント。東側に配置したリビングから山を眺める方向だけでなく、小上がりの畳スペースから南方向や、2階の寝室とサンルームから南方向など、各室に開口した窓から緑が望めるように植栽を効果的に配置している。キャットウォークや、設計者が「猫をイメージした」というらせん階段など猫思いの設計も心掛け、温かみを感じる手描きのパースが印象的だった。
手描きによる詳細な間取り図面。帰宅してからの動線や回遊性、視線が抜ける方向などが、赤い点線と矢印で分かりやすく表記されている
立面図では外観のデザインや雰囲気だけでなく、熱い空気が天井のルーバーを通って屋外へ流れ出ていく排熱のイメージも表現
小上がりの畳スペースと造作ベンチを両側に備え、キャットウォークを吹き抜け部分に設けたリビングのイメージを伝える手描きのパース
橋本建設株式会社
中野 亮平さん
施主の要望を汲み取りながら、各社の家づくりに対する考え方や強みを生かしたプランニングをプレゼンシートに思いを込めて表現。手書きパースや3D、模型などさまざまな方法が使われており、これからはじまる家づくりがワクワクするような提案が行われた。
※提案の方法は実際の物件によって異なる場合がございます。
設計コンペを終えて
今回の設計コンペ以前の取り組みとして、「設計力を向上させたい」との思いを発端に、第一線で活躍している建築家などを広島に招いての講演会や設計演習などを通して設計力向上に向けての勉強に励み、その延長線に各社による設計コンペを開催することになったと説明。6社6様のプレゼンの仕方が興味深かったことに触れ、自社に足りない部分を補ってプレゼンのレベルアップにつなげることを期待。今後は、性能面での向上を図るための取り組みを検討しているという。
広島県工務店協会 工務店力向上委員会 委員長
橋本建設株式会社 代表取締役
橋本 英俊氏
今回の設計コンペの企画立案を行った田村建設の田村社長。「工務店の設計力を向上しよう」と始まった工務店力向上委員会。第1回講義会、第2回設計演習、第3回設計コンペと、全3回にわたって開催した一連の取り組みを通じて、「設計力の向上において一歩ずつ前進できればいいなと思い、もっともっと設計がうまくなりたいという気持ちが大きくなった」と感想を述べた。今後についても、「また機会があれば、工務店としてのレベルアップを図るための新しい企画ができればと考えています」と、実に意欲的だ。
広島県工務店協会 工務店力向上委員会 企画担当
株式会社田村建設 代表取締役
田村 篤氏