島根県大田市・江津市・浜田市を中心とする石見地方で生まれた、独特の赤が印象的な石州瓦。
職人の知恵と技で継承されてきた石州瓦は美しさと性能の高さを併せ持ち、今や屋根材としてだけでなく、壁や床にまで用途は広がり続けている。
凍害や塩害に強い石州瓦 海外輸出も積極的に展開
現在、国内における瓦の三大産地は、三州(愛知県三河地方)、石州(島根県石見地方)、淡路(兵庫県淡路島)。それぞれ原料土や最適な焼成温度が異なり、中でも高温で焼き締める石州瓦は、他の産地の瓦よりも焼き締まって硬く、積雪や凍害、塩害に強いのが特長だ。
石州瓦は1619(元和5)年、浜田城築城のため、大阪から招いた瓦師によってつくられたことに始まる。その後、幕末から明治時代の初めにかけて、石見地方は丸物と呼ばれる日常使いの陶器がさかんに造られるようになり、その技術を瓦づくりに応用。1200℃もの高温で焼成された瓦が石州瓦の原形となった。現在は6社の窯元メーカーによっ
て年間約3000万枚が生産され、多様化する消費者ニーズにも幅広く対応。伝統的な和瓦だけでなく、S形瓦やモダンなデザイン住宅向けの平板瓦も生産できるようになった。屋根材としての範疇を超え、床材となる敷瓦や壁材となる壁瓦、あるいは瓦食器など、多彩な転用も進んでいる。
2007(平成19)年にはブランド力向上のため、地域団体商標を取得。石州瓦の国際見本市への出展や海外輸出を積極的に行い、海外市場での新たな需要の創出も目指している。
豪商の繁栄ぶりを今に伝える 赤瓦が連なる江津の街並み
年月を経てもなお美しく…石州瓦が彩る歴史的建造物
石州瓦の産地は島根県の西部地域、大田市・江津市・浜田市。今回訪れた江津の町は、中国地方随一の大河・江の川の舟運と北前船が交わり、山陰道とも交差する要衝で、多くの物資が集積する商港の町として大いに繁栄。都野津層という耐火度の高い陶土にも恵まれ、江戸時代以降焼き物づくりが盛んになった。(一社)島根県建築士会 江津支部会員 梅田賀千氏のガイドで、今も残る、かつて廻船業などで財を成した家の建物や町内を貫く旧山陰道沿いに建ち並ぶ藤田家や花田医院、和菓子の近本大正堂など、趣のある石州瓦の
美しい景観を見ることができた。このような歴史的建造物が多く残り、町の区画も当時とあまり変わらない江津本町では、「天領江津本町甍街道」としてこれらの歴史資源を生かしたまちづくり活動が行われている。
この旧山陰道を西へ進むと土床坂があり、この頂上が石見銀山天領地と浜田藩の境界で、さらに進んで山を越えると、良質の陶土に恵まれた都野津がある。ここは石州瓦の故郷であり、昭和30年代までは石州瓦を焼成する巨大な登り窯の姿もあったという。石州瓦が織りなす赤い景観は当時の風情を今に伝えてくれている。
1937(昭和12)年に建てられた花田医院をはじめ、カーキ色の石州瓦が葺かれている建物もわずかながら残っている。いま見れば瓦の色ムラも味わいがあって美しく感じるが、当時は色を均一に仕上げることこそが良しとされていた
江戸時代から昭和初期にかけての歴史的建造物が今も多く残り、当時の面影を色濃く残す江津本町。かつての天領地らしい風格が街並みに漂っていて、家によって色合いが微妙に異なる石州瓦の妙味も一興だ
日常の中で赤瓦を身近に感じる 石州瓦に彩られた街並み
石州瓦を生かして実現した 地域性豊かな景観づくり
石州瓦の地域団体商標が登録される2年前の2005(平成17)年、島根県立石見美術館と島根県立いわみ芸術劇場の複合施設である「島根県芸術文化センター グラントワ」が開館。この建物の屋根には約12万枚もの石州瓦が使われ、さらには外壁にも壁瓦として16万枚の石州壁瓦を採用。壁材としても注目が集まることになった。
江津市では2001(平成13)年度に「シビックセンターゾーン整備基本計画」が策定され、都市機能の充実と市民生活の利便性向上を目指し、市内中心部に総合病院や保育園、都市公園、公営住宅などを一体的に整備。すべての建築物に石州瓦を使い、外壁の色彩やサイン、照明などに統一感を持たせて地域性豊かな景観を形成した。
また、JR江津駅前には市民交流の複合施設「江津ひと・まちプラザ パレットごうつ」が建設され、ここでも屋根や壁、床などに石州瓦を多く採用している。石州瓦の赤は海の青や山の緑に美しく映え、かねてから独特の景観をつくり出してきた。市民と事業者、行政が協働し、石州瓦の景観を生かしたまちづくりを積極的に推進。そこには、この地に長く継承されてきた伝統の技がしっかりと息づいている。
シビックセンターゾーン
石州瓦の代表的な色である来待色と、シビックセンター公園の芝生との鮮やかなコントラストが印象的。石州瓦の伝統的な和のイメージにとらわれることなく、近代的な景観が創出されているのも特徴だ
江津ひと・まちプラザ パレットごうつ
パレットごうつの大屋根は1800㎡にも及び、特注色による約4万6000枚の石州瓦で葺き上げられている。壁面には瓦ルーバーが採用され、壁材としての石州瓦の新たな可能性を感じさせてくれる
品質も量も安定した生産を維持 規格外の瓦も付加価値で製品化
仮設住宅や規格外の再利用 石州瓦の用途は今後も拡大
石州瓦は、大まかに「原土処理」「プレス成形」「乾燥」「施釉」「焼成」「検査」という工程を経て生産される。昔はすべての作業を人力で行っていたが、現在は近代的な工場内の生産プラントでつくり出されている。かつては職人の経験と勘に頼っていた焼成温度はコンピューターで管理され、安定した品質の製品を量産できるようになった。
高温で焼き締められているため、日本海側特有の冬の積雪や塩害に加え、酸性雨にさらされても100年以上耐えうる力をもつ石州瓦。今は釘で固定されているため、山陰地方における台風の際の基準風速34mでも飛ばされず、震度6レベルの地震にも耐えられる上、マイナス20℃でもひび割れにくいことは耐性試験の結果でも証明済みだ。そのため、山陰地方以外の雪深い地域でも石州瓦は古くから使われ、家とそこに暮らす人を守っている。伝統的な和瓦だけでなく、平板瓦や洋瓦などの展開も多く行われているため、和風建築から洋風建築まで多彩なニーズに対応できるのも大きな魅力。さらに、メンテナンスフリーという長所も、約200年前に建てられた寺社の屋根に見られる石州瓦が今も色褪せることなく当時のままあり続けていることが何よりの証左だ。
この耐久性に加え、遮音性に注目したのが2020年7月に豪雨被害を受けた熊本県の応急仮設住宅。主流である金属屋根だと工期は短くて済むが、雨音が被災者に不安やストレスを与えることを危惧し、遮音性に優れた石州瓦を採用することに。島根大学の石州瓦を使った試験研究によれば、瓦屋根は金属屋根に比べて雨音を約3割抑制できることがすでに実証されている。
近年では、製造工程で出る規格外の石州瓦を再資源化(リサイクル)する取り組みもはじまった。従来は廃棄処分に多額のコストがかかっていたが、瓦を粉砕・ふるい分けして商品化。ヒートアイランド現象抑制のためアスファルト代わりに舗装に使ったり、学校のグラウンドの砂の下に敷いて水はけを良くしたり、一般家庭でも駐車場や庭の敷砂に使われるようになってきた。石州瓦の可能性は、今後さらに広がっていくことだろう。
石州瓦が採用された熊本県の応急仮設住宅
写真提供/株式会社エバーフィールド
石州瓦の製造工程
原土処理
原土採掘場で掘り出された良質の粘土を数カ月間熟成させ、数種類を配合。熟成をしないとねじれが生じる
原土投入、土練
原土を真空ドレン(土練)機に投入し、空気を抜いて適当な柔らかさに調整。空気を抜くことで瓦の割れを防ぐ
プレス形成
谷や桟山の形はもちろん、釘穴やJISマークも含めて瓦の形に成形した後、乾燥炉へと送られる
施釉
釉薬を施す施釉。銀黒や赤系など釉薬によって独特の色瓦ができあがる。1枚ずつハンガーで運ばれ、その後焼成
施釉(手作業)
少量品の場合は、今でも釉薬を施す施釉を昔ながらの手作業で行っている
焼成
1200℃以上の高温焼成により、石州瓦の特徴である耐久性が生まれ、色褪せや色むらも起こりにくい性質を持つ
検査
完成品は機械と人の目でチェック。センサーによるひずみ検査と人間による目視検査を行い、高い製品精度を維持
伝統的な和瓦も生産
現代的な平板瓦だけでなく、このような伝統的な形状の和瓦も生産し続けている
特殊ものにも対応
神社仏閣で使われるものや特殊な形の特注品なども受注。量産する製品とは異なり、職人の手でつくり上げられる
独自の製法による高い機能性
石州瓦の1 番の特徴は耐久性。雨や積雪、日射、風、潮風など、過酷な気候条件下でも耐用年数は50~60年と長く、劣化することなく家と家族を守ってくれる。この高い機能性は、古来より都野津層に育まれた耐火度の高い陶土を原材料にしていることと、1200℃以上という焼成温度の高さによるもの。
互いにがっちりかみ合う組み合わせ構造のため、山陰特有の強風が吹きつけても、瓦のめくれやズレを最小限にとどめる
重い石州瓦を載せた屋根が大地に向けて建物を押しつけるため、駆体さえしっかりしていれば地震の揺れにも強さを発揮
風や地震に強く、断熱、防露、遮音などの2次的性能にも優れている石州瓦は、住まいの快適性や省エネにも貢献してくれる
メンテナンスフリー
一般的に、金属製や化粧スレートなどの屋根は10 年おきに塗り替えが必要であるのに対し、石州瓦はほとんどメンテナンスが不要。経年による劣化や色褪せなどがほとんどないため、塗り直しや葺き替えの必要もなく、30年以上の長期的な視野でコストを考えれば実に経済的な屋根といえる。
さまざまな用途と活用
石州瓦は屋根瓦にとどまらず、ルーバーや壁材、床に敷くタイル、意匠性をもたせたデザインの外構など、あらゆる場所で多彩な用途が見られる。古来からの和風に加えて南欧風やモダンなテイストの家など、雰囲気も多様化しつつある。
瓦ルーバー
駐車場壁タイル
床タイル
カウンター腰壁
外構化粧
石州瓦が採用された熊本県の応急仮設住宅 写真提供/株式会社エバーフィールド
広島の風土に適応し美しい景観を創造する
施工/しおた工務店
石州瓦の特性は、エリアによってさまざまな気候を見せる広島の風土に適している。
そして、機能的でありながらも意匠性を併せ持つ存在感で、美しい景色をつくり出してくれる。
施工/永本建設株式会社
その時代に即しながらもタイムレスな普遍性を保つ佇まい
施工/橋本建設株式会社
施工/豊北木材工業株式会社
施工/橋本建設株式会社
施工/永本建設株式会社
取材協力/石州瓦工業組合
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島根県江津市嘉久志町イ405
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