平成28年4月14日、熊本県熊本地方を震源とする「平成28年熊本地震」が発生。気象庁震度階級では最も大きい震度7を観測する地震が16日未明にも発生し、家屋の倒壊や土砂崩れなど甚大な被害をもたらした。避難者数は最も多い時で約18万人。多くの人が住む場所を奪われ、避難所での生活を強いられた。こうした状況の中、熊本県は組織力で木造仮設住宅を提供する「全国木造建設事業協会」(全木協)と5月6日に「災害協定」を締結。断熱性などで質が高く住み心地の良い木造の応急仮設住宅は、市町村からの要望も大きかったという。それまで、熊本県はプレハブ協会及び、地元の住宅会社2社で作る団体と災害協定を結んでいたが現状では、「木造仮設の要望に応えきれない」と今回の協定締結となった。全木協は2300社以上の工務店で構成されるJBN(全国工務店協会)と約61万人の建設職人が参加する全国建設労働組合総連合(全建総連)が東日本大震災を受けて2011年9月に設立した団体。その前身である連絡組織は東北の被災地に職人延べ7000人を派遣し、他団体とも協力しながら約900戸の木造仮設を建設した実績を持つ。
木造仮設住宅のメリットは、断熱・防音に優れ、自宅の再建が遅れた時にも長期的に住むことができる点。阪神・淡路大震災ではプレハブの仮設住宅が主流で木造仮設はほとんど存在しなかったが、東日本大震災では木造の仮設住宅が建設され、その性能の高さが注目された。
熊本地震発生前は、東京都、愛知県、高知県、宮崎県など21都県が災害協定を締結。広島県も2013年5月、全国で11番目に全木協と協定を結び、災害時には県の要請に応じて直ちに応急仮設住宅の着工に取り掛かれる準備が整っている。今後は、全国47都道府県全てで協定を結ぶ予定だ。
ここまで木造の仮設住宅が広がりを見せる理由は、居住性の高さや費用面などさまざま。東日本大震災以降、復興までの期間が長期化する傾向にある中、被災者に寄り添った支援が求められている。心に傷を負った被災者が日々の暮らしをできる限り震災前に近い状況で過ごすためには、住環境の充実は欠かせないだろう。
約2週間で完成するプレハブ仮設に比べ、工期は約3週間と早さでは少し劣るが、一般の住宅とほぼ変わらない木造在来工法で建てる木造仮設は格段に住み心地がいい。また、地域の資源で地域の工務店が中心となって建てた木造仮設は、被災者の心の復興を早めると考えられている。
費用面では、東日本大震災で建てられたプレハブ仮設が、二重ガラスへの交換や風呂の追いだき機能設置などの追加工事などで1戸あたりの費用が700万円前後になったのに対し、木造は同程度、または状況によっては安く建設できる。さらに、恒久住宅への転用も可能で、被災者が抱える今後の負担や不安の軽減するメリットもある。
また、県土の63%が森林で林業振興を図ってきた熊本県では、木造仮設に県産材や八代地方特産のイ草を使用することで復興にも繋がる利点がある。被災地を復興させるには、被災地で雇用を生み、お金を落とすことも重要。実際に東日本大震災の際には、福島県で被災した大工800人が集まり木造応急仮設住宅の建設に携わっている。雇用が生まれることで日々の暮らしに活力が生まれ、経済も回り始める。被災した地元の工務店と建築大工が仮設住宅を建設することには、大きな意義があるのだ。
応急仮設住宅とは、地震や水害、土砂災害などの自然災害により住む場所を失った被災者に対して、行政が貸与する仮の住宅のこと。阪神・淡路大震災ではプレハブが主流だったが、東日本大震災では、同震災以前に仮設住宅の建設を国と締結していたプレハブ建設協会が備蓄する2万戸を大きく超える約5万戸が必要となった。
木造仮設住宅の建設に立ちあがったのは、全国の工務店が加盟するネットワークJBNと日本建築士会及び全建総連の3団体だった。その後JBNと全建総連とが一般社団法人全国木造建設事業協会(全木協)を立ち上げ緊急時にも木造応急仮設住宅を建設できる体制を整えて今日に至っている。木造の応急仮設住宅は機能性・居住性を兼ね備えた高性能住宅が容易に施工可能で、東日本大震災では、全木協の前身の連絡組織で約900戸の木造仮設を建設。その住み心地の良さからニーズが増加している。今回の熊本地震の際にも住宅499戸のほか、応急仮設団地のほぼすべてである18箇所における周辺施設(集会所、休憩所)を建設した。
東日本大震災をきっかけに、一般社団法人JBN(全国工務店協会)と全国建設労組合総連合(全建総連)の2団体で設立した組織。災害が起こった際には、地域木材を利用し全木協会員工務店による木造応急仮設住宅の建設を行う。各県の自治体との協定締結に務めており、現在22都県と災害協定を締結。引き続き、各都道府県に協定締結に向けた要請を行っている。
災害復旧・復興事業のほか、「森林・林業活性化事業」や大工職人や工務店社員の技術向上と後継者の育成を目指し、さまざまな技術支援、人材育成(研修・講習)などを行う「技術支援・人材育成事業」にも取り組む。
全木協は、熊本県との災害協定の締結を受けて、5月末にはマニュアルを作成。6月1日には最初の建設地となった「山都町原仮設団地」と「美里町砥用庁舎仮設団地」、2日には「氷川町野津仮設団地」「氷川鹿島仮設団地」、5日には「美里町中央庁舎仮設団地」、6日には今回視察を行った「阿蘇市三久保仮設団地」と次々に工事をスタートさせている。担当者は締結後、迅速に資材や職人を手配し、準備期間わずか2週間で工事を開始した。6月15日現在で、すでに280戸を着手しており、455戸が建設される予定。また、集会所や談話室など、44棟の建設にも取り組んでいる。
ベタ基礎で建てる木造住宅が着工から約20日間で完成し供給されるスピード感は全木協の組織力があってこそなせる技といえるだろう。6月15日現在、16団地で94人の大工が従事し、延べ約3600人が工事に参加する予定だ。
今回は、「阿蘇市内牧仮設団地」と「阿蘇市三久保仮設団地」を視察することができた。それぞれ、20人と31人の大工が作業を行う木造仮設住宅の建設現場をリポートする。
※集会所、談話室は全建総連の組合員が従事している団地のみを記載。全木協全体として約10棟を着手。以降、約30棟の建設予定となっている
※このデータは、視察時2016年6月15日時点の資料を元に作成 ※「住宅」の17〜20番目は取材時は非公表
最初に訪れたのは阿蘇市立体育館の東側に設けられた「阿蘇市内牧仮設団地」。熊本はもちろん、福岡や佐賀、鹿児島から応援に駆け付けた20名の職人が6棟19戸の建設に参加し、汗を流していた。復興への1歩を踏み出した現場は活気にあふれている。
東日本大震災では、それまで主流だったプレハブの応急仮設住宅にはなかった断熱性などの機能性や快適性を重視した造りで、被災者に評価された木造の応急仮設住宅。しかし、あくまでも2年間をめどにくい打ちで建てられた住まいは、耐久性に乏しかったのも事実である。前述したように、復興までの期間が長期化する傾向にある中、今、求められているのは一時的な住まいではなく長期的に住むことができる木造の仮設住宅。今回、熊本地震で建てられた仮設住宅は、一般の住宅と大差ないベタ基礎や板金屋根などを採用し、長期的に住み続けるための耐久性も備えた造りになっているのが特徴。大工だけでなく、基礎や屋根を施工する専門の職人も現場に入り、工事に参加している。居住性に耐久性が加わった住まいは、将来の見えない不安を抱える被災者にとって心強いものになるだろう。
(左)体育館横の6棟19戸が建設されている。
(右)外壁内部には熱や水分を遮断し、水蒸気を通す「タイベックシルバー」を採用。壁内の結露を防ぎ建物を長持ちさせる。
(左)屋根はガルバリウム鋼板葺きで耐久性をアップ。大工だけでなく、屋根専門の職人も活躍する。
(右)軒を出した日本家屋の仕様。雨風から外壁を守る。
(左)九州を中心に多くの大工が応援に駆け付けた。
(右)基礎専門の職人がベタ基礎を施工。通常の住宅と工事はほとんど変わらない。
続いて訪れたのは、阿蘇市北中学校跡に建設中の「阿蘇市三久保仮設団地」。ここでは、31人の職人が8棟26戸と談話室(オープンスペース)の建設を急ピッチで進めていた。
現在、建設されている木造仮設住宅の耐久性は東日本大震災時のものに比べ格段にアップしているが、機能性・快適性の面でも特筆すべきことは多い。例えば屋根断熱、壁断熱はデコスドライ工法(セルロースファイバー充填)、壁面は遮熱透湿防水シートのタイペックシルバー、サッシはLIXILのサーモスL(高性能断熱樹脂サッシ)を採用。一般的な住宅としては、かなり高性能で断熱性に優れた建材を使用しているのが分かる。また、内装の床材には、県産材の杉の無垢材を使用するなど、木造ならではの心地良さも兼ね備える。また、間取りも1DL、2DK、3Kと3タイプあり、さまざまな家族構成に対応。被災者の幅広いニーズに応える。
阪神・淡路大震災のプレハブから、東日本大震災で登場したくい打ちの木造仮設住宅、そしてより快適に、より長く暮らすことを可能にした熊本地震の木造仮設住宅へと、応急仮設住宅は永久仮設住宅として確実に進化を遂げている。
外壁は木の温もりを感じる杉板張り。
(左)阿蘇市北中学校の跡地に建設されている。
(右)天井や壁にも断熱材を使用した機能性の高い造り
棟に4世帯が入居できるタイプ。間取りは1DKから3Kまであり、幅広い家族構成に対応する。
屋根と壁はデコスドライ工法で断熱。高性能な建材を使用し、一般住宅に負けない機能性を誇る
これまで緊急の仮設住宅として利用されてきたテント村的仮設住宅は、雨露をしのげればいいというのが一般的な考え方で、被災者の細かなニーズに応えることができていませんでした。
阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震を経て、応急仮設住宅への概念が進化しているのを肌で感じています。応急仮設住宅に対する要望はどんどん高いものになり、現在では居住性や快適性など、ほぼ一般住宅と変わらないクオリティの高いものが求められています。その要望に応えることができるものが、木造の応急仮設住宅ではないでしょうか? 地元の工務店と大工が県産材を使って建てた木の住まいは、住む人に安心と暮らしやすさを提供します。広島県で大規模な震災が起こった際には、こうした質の高い住まいが数百戸~数万戸必要になるでしょう。こうした個別に散在する多様な需要と要求にどれだけ応えることができるかが、われわれ地域の工務店に問われており、使命になると考えています。
熊本県では震災後、機能的で住み心地の良い木造応急仮設住宅のニーズが高まり、急きょ協定を結び周辺施設と併せ約520戸強を提供することになりました。素早い連携で各地から大工と資材が集まり、一般住宅とほぼ変わらないものに仕上がっていると思います。災害は熊本県に限ったことではなく、どこの県でも起こりうること。被災者の中には、医療や介護を必要とする方が多くいることを踏まえ、今後の応急仮設住宅は10年以上住み続けることができる永住型仮設住宅が不可欠になると考えられます。これからは、応急仮設ではなく、恒久住宅に限りなく近いものが求められる時代。私たち、広島県工務店協会もより快適な住まいを提供できるように、尽力してまいります。