家の断熱性向上が住人の健康を守る
―健康と住まいの関連性の最新データより―
慶應義塾大学理工学部教授
伊香賀 俊治
住宅事情が引き起こす死亡につながる3大疾患
私たちの住む家が、死亡事故を引き起こしていることをご存じでしょうか。20年前と比べ交通事故は半減しましたが、家庭内での事故死は1.6倍に増加しています。その主な原因は、心疾患や脳血管疾患、いわゆる心筋梗塞や脳卒中です。なかでも風呂場での死亡は、事故、病気を含めると交通事故死の3倍の1万9千人にのぼります(グラフA)。
室内での躓きの事故も、寒い家の中で、こたつに入りっぱなしで足腰が弱ることにも関係があるのではないかと指摘されています。また、カビやダニが引き起こす肺炎などの呼吸器系疾患も、住環境が原因と考えられます。これまで住宅の断熱性能や木質内装、自然素材が住人の血圧や睡眠、日頃の身体活動力にどんな影響を与えるかという測定を全国、特に山口県と高知県を中心に行ってきました。その中で、家の断熱性を高めることで部屋と部屋の温度差がなくなり、高齢者も家の中での活動量が増えることが健康につながり、認知症予防になる可能性があるとわかってきました。
北海道よりも死亡率が高い中国・四国地方
冬は心筋梗塞、脳卒中の死亡率が高まります(グラフB)。
特にその数値が高いのが、中国、四国、東海地方です。それから呼吸器系疾患も、この3つのエリアは上位に入ります。呼吸器系疾患は九州、沖縄が多いですが、これは、梅雨時等に猛烈に生えたカビが、冬暖房のため締め切った室内に拡散し、カビが出した毒素が肺に吸い込まれるのではないかと考えられます。一方で、日本で一番寒いはずの北海道は冬場、この3つの疾患による死亡率が低いこともわかりました。ここで、高断熱の家では、3大疾患の割合が低くなるという一つの仮説が成り立ちます。北海道ではペアガラス、トリプルガラスは当たり前、樹脂サッシも普及し断熱材もしっかり入れ、一日中、家中を暖かくしているのです。一方、中国、四国、東海は、断熱性能が低い住宅の割合が非常に多い。冬、家の中が寒いため血圧の急変化が起きて、心筋梗塞や脳卒中になりやすいと思われます。また、断熱の悪い家は冬でも結露によってカビが生え、呼吸疾患にかかるリスクも高まります。
住宅起因の疾患は暖かい住環境で改善される
戸建てから戸建てに建て替えた、1万件・1万人を抽出した結果があります。高断熱・高気密の住宅に転居した場合、あらゆるアレルギー性疾患や生活習慣病が改善される傾向が明らかになりました。3割近くの人が患っていたアレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎の減少とともに、肺炎や心疾患、脳血管疾患などの重い病気も減る傾向が見られました。これは、断熱性を高め暖かい環境が得られた結果です。具体的な例では、平均気温5℃の冬の朝、改修前の家では室温6℃でした。それが断熱改修によって15℃になり、脱衣所の床も11℃だったのが18℃にまで改善されました。住人の70代の女性の血圧は、改修前146㎜だったのが改修後には134㎜と、高血圧が正常血圧になりました。また、肺炎の原因になるPM2.5ですが、遠く中国から飛来するものよりも、実は家の中で使う灯油ファンヒータの方が、遥かに高濃度をまき散らします。高断熱・高気密の家なら、床暖房やヒートポンプエアコンでも十分暖まり、空気環境も良くなります。
建て替えやリフォームによる断熱性向上の推奨
これまで、冬の寒さに伴う弊害をお伝えしましたが、冬の為の断熱は、日よけの工夫と風通しを組み合わせれば、夏の室内での熱中症対策にもなります。では、高断熱の家は高価なのでしょうか。広島での1戸建てを考えてみましょう。窓はシングルガラスで最低限の断熱材を使用した住宅の建築本体価格は、2千万円位でしょうか。ペアガラスや省エネ基準を満たす断熱材を使うと、建築費は100万円程増えますが、その後の冷暖房光熱費は安くなります。日本の平均的な暮らし方で計算すると、この100万円の元を取るのに29年かかります(グラフC)。しかし、住宅が原因の疾患にかかる確率が減り、治療費の負担や病気での休職による収入ダウンのリスクは減る。この経済メリットをカウントすると、16年で元が取れます。更に自己負担3割、高齢者の場合1割負担の医療費や健康保険などの、いわゆる公的資金から補てんされている社会全体の負担軽減までカウントすると11年で元が取れる。実に1/3に縮まるわけです。 最近は、家の寒さによる体への負担をあまり感じない30〜40代でマイホームを建てる人が多く、費用を抑えるために断熱を省くケースもあるでしょう。ガラスがシングルかペアかは一見してもわかりませんし、壁や床、天井の断熱は、完成後は全く見えません。冬になってから後悔しても若いうちは問題ないでしょう。けれど、住宅は1度建てると、ほとんどが30〜40年住み続けます。住人が高齢になれば、脳卒中や心筋梗塞にかかるリスクが格段に増えます。その際には、建て替えは無理でも、断熱性を高める改修をして暖かい家にリフォームすればいいのです。
Profile
慶應義塾大学 理工学部教授
伊香賀 俊治
慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授。専門は建築環境工学。博士(工学)。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。日建設計、東京大学助教授を経て現職。国交省、経産省、環境省など各省庁の建築関連政策に関する委員を務める。近年は、住まいの断熱性や内装自然素材などと健康との関係性について精力的に調査研究を行っている。