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子どもたちを育む環境にこだわり地元工務店の協力で誕生した木造園舎

 

 

住宅街の中に佇む串戸保育園。杉板を横張りした外壁が優しさやぬくもりある印象を与え、昔ながらの木造校舎をイメージさせる外観が目を引く

設計:株式会社KI works

施工:下岸建設株式会社

施工協力:永本建設株式会社

 

 ―公私連携型保育所 串戸保育園―

 

廿日市市にある公私連携型保育所 串戸保育園は、地域材を活用して建てられた木造2階建て園舎。無垢材をふんだんに使い、子どもの五感を刺激しながらの自然保育が実践されている。
この保育園建設にあたり、施工協力の形で携わったのが地元・廿日市に長く根ざす工務店、永本建設株式会社。
そこには、園と工務店、お互いの理念に対する深い共感があった。

 

 

樹齢約80年のヒノキの柱、節のないスギの床材など、無垢材の心地良さに包まれた遊戯室。軒先から天井に渡されたロングスパンの登り梁と、勾配天井が開放感を増す

 

地元工務店も携わり思いを実現した木造園舎

 

 2021年4月、JR宮内串戸駅近くに開園した公私連携型保育所『串戸保育園』。運営事業者は、「社会福祉法人にこぷらす」。そこで理事長を務める吉本卓生さんは、「できるだけ自然に近い環境の中で子どもたちを育てたい」と考え、完成させたのが木造2階建ての園舎だ。
 保育園建設にあたり、工事を受注したのは下岸建設株式会社。「地域と育む保育園」をコンセプトに掲げる吉本さんは、「地元業者が建築に携われるように」と要望し、地域材を生かした木造建築に豊富な実績をもつ、地元廿日市の永本建設株式会社が施工協力を行うこととなった。
 それ以前にも、同じく吉本さんが理事長を務める、特定非営利活動法人「キッズNPO」で「にこにこの森保育園」をはじめ4つの園舎建築に関わり、吉本さんの自宅も同社が手掛けていたことから、地域材を積極的に使ったり、里山の保全活動や地元の子どもたちの環境教育への取り組みなど、同社代表の永本清三社長の考え方に強く共感を抱いていた吉本さん。そんな絶大な信頼を寄せられる永本社長は、「吉本さんのような考え方をもって行動できる人こそ社会を変えていける人。だから応援したいんです」と期待を寄せる。建設中の工事現場を広島県立宮島工業高等学校の生徒が見学できるようにしたことも、地域に開かれた保育園でありたいという思いの表れだ。
 永本社長は、「子どもたちが喜びそうな築山なんかは特にこだわって施工図を描きましたが、すごく楽しかったですね」と笑顔で振り返る。吉本さんと思いを1つにし、高い技術をもつ大工の手で地元の工務店が手掛けた木造園舎の完成は、地域の誇りともいえるだろう。

 

 

園庭の一角に配された築山

 

 

確かな信念を持って自然保育を実践し続けている吉本さん(写真右)との関わり合いは長く、その姿に頼もしさを感じているという永本社長(写真左)

 

 

雨でも思い切り遊べる遊戯室には、子どもたちが遊びながら自然に体幹を鍛えられるアスレチック遊具を中心に設置されている。梁に取り付けたネット遊具で遊ぶにはバランス感覚が必要。遊具のうち、手前の木製遊具は永本建設がオリジナルで製作したもの

 

子どもの五感を刺激する無垢材の力を最大限活用

 

地元廿日市をはじめ、広島県産の無垢材を主に使って建てられた串戸保育園。壁は無垢材と同様に調湿作用をもつ珪藻土が主に塗られている。園舎内に一歩足を踏み入れると木の香りが漂い、実にすがすがしい空気に満たされている。「子ども以上に、大人の方が木の香りやぬくもりに対する感動が大きいかもしれません」と吉本さん。自然保育を貫いてきたこともあり、香りを含めて子どもの五感を刺激してくれることも木造園舎にこだわった理由だという。
 園舎内で目を引くのが吹き抜けの広い遊戯室。木製ステージを備えつつ、壁面を活用してクライミングなどユニークなアスレチック遊具を設置し、中には永本建設オリジナルの木製遊具もある。床にはスギの無垢材が張られ、子どもたちが元気に素足で走り回っているのが印象的。「子どもの成長を促すにあたって、1日当たり1万3000歩以上は園での生活の中で歩くことができるように」との吉本さんの考えのもと、天候に左右されずに遊べる遊戯室は常に開放し、玄関から各保育室への動線の途中に配置されているのもポイントだ。

 

達成感が成長を促し憧れが挑戦する心を育てる

 

 遊戯室と並んで特徴的なのが絵本スペース「かまくら」。優しい印象を与えるアール仕上げにした入り口から中へ入ると、その名の通り〝お籠もり感〞のある落ち着いた空間で思い思いの絵本を読むことができる。
 1階は屋根勾配に合わせた高い天井とし、自然光を取り込むために中央廊下を吹き抜けの構造とした。一部が災害時の避難スペースとなる2階のデッキにつながっているため、感覚的には平屋建てに近い。「階層が1つだと園児も保育士も同じ目線でいられて、子どもたちの安全に目が行き届きやすく災害時の避難のしやすさもメリットの1つ」と吉本さん。2階のデッキと地上は子どもたちが大型遊具で行き来できるようになっているが、ここにも教育的な狙いがある。4階構造をした遊具には滑り台が設置されているが、この滑り台を滑るには地上から梯子を伝って上り、遊具の2階部分にたどり着かなければならない。最初はそれが難しいが、身長が伸び、筋肉が付くことで上れるようになり、今までできなかったことができたという達成感を味わえる。「自分より年上の子どもたちが上れるのを見て憧れを抱き、挑戦する心を養ってほしい」と、あえて困難なことを設定し、子どもたちの成長を促すようにしているのだ。

 

 

妖精が降りてくるイメージで、天井を吹き抜けにして自然光が取り込めるようにしたドーム型の絵本スペース「かまくら」。壁と天井を滑らかなカーブに仕上げるため、珪藻土でなく漆喰塗りを選択。左官職人の高い技術が光る

 

 

自然光がつくり出す陰影が美しい「かまくら」の中で、絵本に夢中な子どもたち。夕方のお迎えのとき保護者がここで絵本の読み聞かせをしていることも。木製の書棚も壁のカーブに沿ってきっちりと仕上げられている

 

 

地上から2階のデッキへ上がったり下りたりできる大型遊具。子どもがチャレンジする心を育てることにも貢献

 

 

玄関から各部屋へ移動する動線の中に配置されている遊戯室。登園・降園の際に子どもたちが自由に遊べるスペースに

 

 

木造園舎から自然を考える自然環境教育の取り組み

 

  園舎に地元の木を使っていることは子どもたちにも伝えられており、「建物を通して自然へと目を向けてもらえれば」と吉本さん。根底にあるのは、北欧など世界各国でさかんに行われている幼児期の自然環境教育の考え方だ。
 架空の存在である、森をきれいにする妖精「ムッレ」が、子どもたちに自然界の循環する生態系の仕組みを教える環境教育で、野外に出掛けてさまざまな気付きを与えるというもの。「葉っぱや木は腐って栄養になるけど、ペットボトルなど人間が出すゴミは栄養にはならない。だからゴミは捨てちゃいけないよね」などと子どもたちに理解させていき、理解できればムッレが見えるという、いわばサンタクロースのような存在だ。子どもたちは楽しみながら自然界が循環のもとに成り立っていることを学べる。この自然環境教育の考え方のもと、串戸保育園でも園舎に使われている木に触れたり築山での遊びを通して子どもたちが自然に触れる機会を多く確保。将来的には前述したようなムッレも登場する野外での自然体験学習も視野に入れていて、この考え方は気候風土に適した地元の木材を使って家を建てようとする、地域の工務店のあるべき家づくりにも通じるものがある。

 特に、永本建設では地域経済の活性化や環境保護を目的に地域材流通の促進を長年実践。端材を薪として使うなど再生可能エネルギーの活用にも積極的に取り組んでいる。そうした工務店としての在り方も、吉本さんの共感を呼んでいるのだろう。

 

薪ストーブの設置は火を安全に扱う教育の一環

 

  遊戯室に薪ストーブを設置しているのも、本物の木で暖を取る体験をさせるとともに、火を扱う教育の一環といえる。火を扱うことを危険だと考えて子どもたちから遠ざけるのではなく、どうすれば安全に火をつけられるのかを学ばせていく。そこには保護者も加わって薪の用意をしてもらうといい、子どもの保育に保護者も積極的に関わってもらうことも狙いの1つだという。火をつけるのは年長組の子どもたちで、着火を行う様子を見て年少組の子どもたちが「すごいな。自分もあんなふうになりたいな」と憧れを抱くことでモチベーションにつなげていく。大人のサポートのもと、火を扱いながら怖さや危険を乗り越えることで子どもの成長を促していくことを目指している。今はコロナ禍のため難しいが、こうした取り組みの集大成として、いずれはキャンプなども子どもたちに体験してもらおうと考えているそうだ。

 

 

園庭の一角に設けられた小高い築山。上り下りして遊ぶだけでなく、土管を埋め込んで中をくぐれるようにしたり、水を循環させて流したりするなどさまざまな仕掛けが。種類の異なる木も植えられ、季節ごとに花が咲き紅葉が楽しめるようになっている

 

中大規模の木造非住宅建築を地域工務店も積極的に

 

 木造の園舎に対しては、保護者からも好評の声が寄せられている。「思わず深呼吸したくなる木の香りや温かい雰囲気がすてき」「無垢材は湿気の多い時期でもベタベタせず、思わず触りたくなる気持ち良さ」「1つ1つのデザインがすてき。ずっとここに通わせたいと思える」など、木がもつ特性による心地良さや魅力を実感している保護者が多い。中には「手足の力がついてきて、風邪もひきにくくなった感じがする」「家の中でも木でできているものを探すなど、木材への関心を持ち始めた」と、子どもの確かな変化
を感じている保護者もいるようだ。
 地域の工務店には保育園や公民館といった中大規模の木造非住宅を建てる確かな施工力がある。広島県工務店協会では工務店同士が力を合わせ、こうした中大規模の木造非住宅の建築に積極的に取り組んでいく。

 

 

天井が高く開放感たっぷりな玄関は、下足入れまで無垢材で製作されているため木の香りが漂う。正面突き当たりには薪ストーブを設置

 

 

遊戯室に設けられた薪ストーブ。子どもたちが本物の火を体験できる貴重な役割をもつ

 

 

保育室の机と丸太椅子は県産材で府中市の家具メーカーが製作。机の天板の傷や汚れは、無垢材なので削ることによってある程度元通りに。その削る作業を卒園時に園児自らが行うことによって、道具への感謝や愛着といった心も育む

 

 

 

 

地元の活性化を狙い、地域材をふんだんに使用。大工や職人は永本建設以外の工務店からも応援に駆け付け、地域工務店一丸となって施工した

 

社会福祉法人にこぷらす
公私連携型保育所
串戸保育園
〒738-0033
広島県廿日市市串戸2-13-3
TEL.0829-32-0361
https://nikoplus.jp/

 

 

 

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